
交通事故に遭い、怪我を負って病院での治療を始めると、間もなく加害者側の任意保険会社から一括対応の「同意書」が届きます。
この書類には、あなたの氏名や事故状況が記載されており、多くの場合、治療費の支払いに関する同意や、医療機関への情報照会に関する同意を求める内容が書かれています。
事故による心身の負担に加え、「保険会社」という相手方から送られてきた法律的な文書に署名することに、不安を感じるかと思います。
「署名することで、知らないうちに自分に不利な条件を飲まされてしまうのではないか」「賠償額が勝手に決められてしまうのではないか」といった懸念を抱かれると思います。
結論から申し上げますと、この一括対応の「同意書」は、基本的に被害者にとってメリットのあるもので、署名・提出すべき書類です。
本コラムでは、この「一括対応」という仕組みが何を意味し、同意書に署名することでなぜ被害者にデメリットがないと言えるのかをご案内いたします。
交通事故における「一括対応」とは何か?

治療費の支払いに関する煩雑な仕組み
まず、交通事故の治療費の支払いに関する、本来の煩雑な仕組みを理解することが、「一括対応」のメリットを理解する鍵となります。
本来、交通事故の被害者が被った損害(治療費、休業損害、慰謝料など)は、まず加害者が加入している自賠責保険から支払われます。
しかし、自賠責保険には傷害部分について120万円という支払い上限があります。この120万円を超過する部分、および物損などの損害については、加害者が加入している任意保険から支払われることになります。
本来のプロセスでは、被害者は以下の手順を踏まなければなりません。
①治療費を一旦、病院の窓口で全額自己負担(立て替え)する。
②病院から診断書や診療報酬明細書(レセプト)を受け取る。
③自賠責保険会社と任意保険会社に対し、立て替えた費用を請求する。
④120万円を超過した分について、再度任意保険会社に請求する。
怪我の程度によっては治療費が高額になることもあり、これをすべて自己負担で立て替えることは、被害者にとって経済的にも精神的にも大きな負担となります。
任意保険会社による「一括対応」
ここで登場するのが、加害者側の任意保険会社による「一括対応」というサービスです。
一括対応とは、加害者側の任意保険会社が、被害者の便宜のために、自賠責保険と任意保険の支払いを一本化して代行するサービスです。
具体的には、被害者がこの一括対応の「同意書」に署名することで、任意保険会社は以下のサービスを代行してくれます。
病院への治療費の直接支払い(立替払い)
被害者が窓口で治療費を自己負担する必要がなくなります。
自賠責保険会社への請求手続きの代行
煩雑な自賠責保険への請求手続きを代行し、自賠責から任意保険会社へ回収します。
後遺障害等級認定の申請手続きの代行(事前認定)
治療後の後遺障害等級認定の申請手続きを代行してくれます。
※ただしこの事前認定については、基本的には被害者側で請求をすべき場面が多いですので、注意が必要です。
この一括対応は、あくまで任意保険会社のサービスであり、法的に義務付けられたものではありません。そのため任意保険会社は一方的に一括対応の期間を定めることができます。
一括対応のサービスを受けるためには、「病院から診療情報を取得すること」や「保険会社が自賠責への請求を代行すること」について、被害者本人の正式な同意が必要となるため、この「同意書」への署名が求められるのです。
一括対応の「同意書」に署名するデメリットが基本的にない理由

多くの人が懸念する「同意書への署名による不利益」は、一括対応そのものの同意に関する限り、基本的に杞憂となります。
その理由を、具体的な懸念事項と法的・実務的な観点から解説します。
「署名すると賠償額が勝手に決められてしまうのでは?」
このようなご心配はご無用です。
一括対応の同意書は、治療費の支払いに関する便宜上の手続きに関する同意であり、最終的な示談や賠償額の決定とは一切関係ありません。
治療費の支払いに同意したとしても、示談交渉は治療が終わり、損害額(治療費、休業損害、慰謝料、後遺障害など)が全て確定してから始まります。
被害者は、示談の段階で保険会社の提示額に納得できなければ、それを拒否し、弁護士を立てて交渉を続けることができます。同意書への署名が、その後の交渉権や訴訟提起権を失わせることはありません。
「治療期間や内容を勝手に決められてしまうのでは?」
同意書自体で治療期間や内容が決められることはありません。ですが、間接的な影響には注意が必要です。
一括対応の同意書には、通常、「医療機関への診療情報照会の同意」が含まれています。
これは、保険会社が病院に対し、診断書や診療経過の情報を開示してもらうための同意です。
保険会社が診療情報を得る目的は、本来、適切な治療費を支払うためですが、治療が長引いた場合などに、保険会社がその情報をもとに治療の必要性がないと判断し、一方的に治療費の打ち切りを打診してくることはあります。
しかし、これは同意書に署名したことによるデメリットではなく、一括対応というサービスを提供している保険会社が、自社の判断で治療費の支払いを停止する行為です。
被害者が同意書に署名しなかったとしても、治療費を自己負担で立て替えていれば、保険会社は同じ情報をもとに支払い拒否を主張してくる可能性はあります。
重要なのは、保険会社が治療費の支払いを打ち切っても、治療を諦める必要はないということです。
打ち切り後も医師が必要と判断すれば、被害者は健康保険を使いながら自己負担で治療を継続し、後でその費用を相手方に請求できます。一括対応の同意書への署名自体が、治療内容を制限するわけではありません。
一括対応の「同意書」に署名するメリット

一括対応の同意書に署名することで、被害者は治療に専念するための計り知れないメリットを得ることができます。
治療費の自己負担がゼロになる(経済的な安心)
これが最大のメリットです。
同意書に署名すれば、その日から(または保険会社が手続きを終えた日から)、病院の窓口で治療費を支払う必要がなくなります。特に、入院や手術を伴う重度の怪我の場合、治療費は数百万円にも達することがあります。
【具体例】
もしAさんが同意書に署名しなかった場合、治療費総額200万円(健康保険非適用の場合)を一旦Aさん自身が立て替える必要があります。
これは、Aさんの家計にとって非常に大きな負担となり、金銭的な不安から適切な治療を断念せざるを得なくなるかもしれません。
しかし、一括対応に同意すれば、この200万円は保険会社が直接病院に支払ってくれるため、Aさんは金銭的な心配なく、医師が最善と判断する治療に専念できます。
煩雑な事務手続きからの解放(時間と手間の節約)
交通事故の治療費請求の手続きは非常に煩雑です。
・病院から毎月の診療報酬明細書を取り寄せる手間。
・自賠責保険の請求書類を作成・提出する手間。
一括対応に同意することで、これらのすべての事務作業を保険会社が代行してくれます。
被害者は、書類集めや手続きに時間を割かれることなく、怪我の回復に集中できるため、早期の社会復帰につながります。
賠償請求の窓口の一本化
本来、賠償金は自賠責と任意保険の二つの窓口から支払われますが、一括対応に同意することで、加害者側の任意保険会社に一本化されます。
これにより、被害者は一つの担当者とやり取りをするだけで済み、手続きの混乱を防ぐことができます。
まとめ

交通事故で保険会社から送られてきた「一括対応の同意書」は、治療費の立て替え負担をゼロにし、煩雑な手続きから解放してくれる、被害者にとって極めて有益な書類です。
署名することによる直接的なデメリットは、基本的にありません。治療に専念するためにも、速やかに署名・提出することをお勧めします。
しかし、その後の治療費の打ち切りや示談交渉において、保険会社が優位に進めようとしてくることは事実です。「同意書を提出したからもう大丈夫」ではありません。
もし治療中に不安を感じたり、保険会社の対応に疑問を持ったりした場合は、すぐに弁護士にご相談ください。特に、ご自身の保険に弁護士費用特約が付帯していれば、費用の心配なく弁護士の力を借りることが可能です。
一括対応のメリットを享受しつつ、弁護士のサポートを得て、真に納得のいく解決を目指しましょう。

グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年以上の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
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