主   文

 原判決中、上告人敗訴の部分を破棄する。
 前項の部分につき、本件を福岡高等裁判所に差し戻す。

理   由

 上告代理人西野泰夫、同斉藤洋、同後藤潤一郎、同新海聡の上告理由について
 一 原審の確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 1 被上告人Aは、昭和六二年二月二七日、宮崎県東臼杵郡a町内の道路上において、被上告人株式会社エフピコが所有する普通乗用自動車を運転して走行中、上告人の運転する自家用乗用自動車に自車を追突させた。上告人は、本件事故により、運転席のシートに頭部を強く打ちつけ、その直後から首筋にしびれや痛みを感じ、翌日、整形外科医院において受診したが、その時点で、頸部痛等の症状があり、頸椎捻挫と診断された。上告人は、同年三月四日から同年一二月一六日まで、右医院に入院し治療を受けたが、頸部・後頭部疼痛等の症状があり、右退院後も通院治療を継続している。上告人は、右入院中に視力の低下を訴えて、同年四月二三日、眼科医院において受診したところ、矯正視力の低下等の症状が見られ、これら眼症状は、頭頸部外傷症候群によるものと診断された。
 2 上告人は、平均的体格に比して首が長く多少の頸椎の不安定症があるという身体的特徴を有していたところ、この身体的特徴に本件事故による損傷が加わって、左胸郭出口症候群の疾患やバレリュー症候群を生じた。バレリュー症候群については、少なくとも同身体的特徴が同疾患に起因する症状を悪化ないし拡大させた。また、頭頸部外傷症候群による前記眼症状についても、上告人の右身体的特徴がその症状の拡大に寄与している。
 3 右事実関係における上告人の症状に加え、バレリュー症候群にあっては、その症状の多くは他覚的所見に乏しく、自覚的愁訴が主となっており、実際においては神経症が重畳していることが多いので、更にその治療が困難とされていること、そのためもあって、初期治療に当たり、不要に重症感を与えたり後遺症の危険を過大に示唆したりしないことが肝要であるとされていることが認められ、これを上告人の前記症状等に照らすとき、上告人の右各症状の悪化ないし拡大につき、少なからず心因的要素が存するということができる。
 二 本件は、上告人が本件事故により被った損害の賠償を請求するものであるが、原審は、右事実関係を前提として、本件において上告人の首が長いこと等の事情にかんがみると、民法七二二条二項の過失相殺の規定を類推適用して上告人の首が長いという素因及び前記心因的要素を斟酌し、本件事故による上告人の損害のうち四割を減額するのが相当であると判断した。
 三 しかしながら、原審の右判断は直ちに是認することができない。その理由は、次のとおりである。
 被害者に対する加害行為と加害行為前から存在した被害者の疾患とが共に原因となって損害が発生した場合において、当該疾患の態様、程度などに照らし、加害者に損害の全部を賠償させるのが公平を失するときは、裁判所は、損害賠償の額を定めるに当たり、民法七二二条二項の規定を類推適用して、被害者の疾患を斟酌することができることは、当裁判所の判例(最高裁昭和六三年(オ)第一〇九四号平成四年六月二五日第一小法廷判決・民集四六巻四号四〇〇頁)とするところである。しかしながら、被害者が平均的な体格ないし通常の体質と異なる身体的特徴を有していたとしても、それが疾患に当たらない場合には、特段の事情の存しない限り、被害者の右身体的特徴を損害賠償の額を定めるに当たり斟酌することはできないと解すべきである。けだし、人の体格ないし体質は、すべての人が均一同質なものということはできないものであり、極端な肥満など通常人の平均値から著しくかけ離れた身体的特徴を有する者が、転倒などにより重大な傷害を被りかねないことから日常生活において通常人に比べてより慎重な行動をとることが求められるような場合は格別、その程度に至らない身体的特徴は、個々人の個体差の範囲として当然にその存在が予定されているものというべきだからである。
 これを本件についてみるに、上告人の身体的特徴は首が長くこれに伴う多少の頸椎不安定症があるということであり、これが疾患に当たらないことはもちろん、このような身体的特徴を有する者が一般的に負傷しやすいものとして慎重な行動を要請されているといった事情は認められないから、前記特段の事情が存するということはできず、右身体的特徴と本件事故による加害行為とが競合して上告人の右傷害が発生し、又は右身体的特徴が被害者の損害の拡大に寄与していたとしても、これを損害賠償の額を定めるに当たり斟酌するのは相当でない。
 そうすると、損害賠償の額を定めるに当たり上告人の心因的要素を斟酌すべきか否かはさておき、前示と異なる原審の判断には、法令の解釈適用を誤った違法があり、その違法は原判決の結論に影響を及ぼすことが明らかである。論旨は理由があり、原判決は上告人敗訴部分につき破棄を免れない。そして、本件については、損害額全般について更に審理を尽くさせる必要があるから、右破棄部分につきこれを原審に差し戻すのが相当である。
 よって、民訴法四〇七条一項に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官  千種秀夫
            裁判官  園部逸夫
            裁判官  可部恒雄
            裁判官  大野正男
            裁判官  尾崎行信