
交通事故で重度の脳損傷を負い、意識が戻らないまま数か月が経過する。ご家族にとって、これほど過酷な状況はありません。医師からは「遷延性意識障害です」と説明され、療護センターや療養型病院への転院を打診される。その一方で、保険会社からは治療費の打切りをほのめかされる。
遷延性意識障害の事案は、賠償額が一億円を超えることも珍しくない一方で、争点の数も多く、立証の負担も重い類型です。特に将来介護費は、日額をいくらとするか、期間を何年とするかによって、数千万円単位で結論が変わります。
本記事では、遷延性意識障害の等級認定、将来にわたる介護費の立証方法、そしてご家族が直面する現実的な問題について、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
遷延性意識障害とは

定義と判定基準
遷延性意識障害とは、いわゆる植物状態と呼ばれる状態をいいます。日本脳神経外科学会の定義では、自力移動ができない、自力摂食ができない、糞尿失禁状態にある、声を出しても意味のある発語ができない、簡単な命令にはかろうじて応じることもあるが意思疎通はほとんどできない、眼球はかろうじて物を追うことがあるが認識はできない、という六項目を満たす状態が三か月以上続いたものとされています。
自賠責における等級
遷延性意識障害は、自賠責保険の後遺障害別等級表別表第一の第一級一号「神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し、常に介護を要するもの」に該当します。労働能力喪失率は一〇〇パーセント、自賠責保険金額は四〇〇〇万円です。
なお、随時介護を要する状態にとどまる場合には別表第一の第二級一号となり、自賠責保険金額は三〇〇〇万円です。いずれも、介護を要する後遺障害として特別の枠が設けられています。
賠償額の全体像

主な損害項目
遷延性意識障害の事案で請求すべき損害項目は多岐にわたります。治療費、入院雑費、付添看護費といった症状固定までの損害に加え、後遺障害慰謝料、後遺障害逸失利益、将来介護費、将来雑費、家屋改造費、自動車改造費、介護用品・器具購入費、成年後見開始の申立費用と後見人報酬などが挙げられます。
このうち金額が最も大きくなるのが将来介護費と逸失利益であり、この二項目だけで賠償総額の八割以上を占めることも少なくありません。
後遺障害慰謝料と近親者慰謝料
赤い本の基準では、第一級の後遺障害慰謝料は二八〇〇万円とされています。もっとも、第一級・第二級といった重度後遺障害の場合には、民法七一一条の類推適用により、ご家族固有の慰謝料が別途認められるのが実務の取扱いです。
裁判例では、遷延性意識障害の高校生についてご本人分三〇〇〇万円、父母各四〇〇万円の合計三八〇〇万円を認めた例、大学生についてご本人分三〇〇〇万円、父母各三〇〇万円の合計三六〇〇万円を認めた例などがあります。加害者が酒気帯びで制限速度を大幅に超過していたといった悪質な事情があれば、さらに増額される余地があります。
将来介護費をどう立証するか

赤い本の基準はあくまで出発点
赤い本は、将来介護費について「職業付添人は実費全額、近親者付添人は一日につき八〇〇〇円」としたうえで、「具体的看護の状況により増減することがある」と明記しています。遷延性意識障害の事案では、この日額八〇〇〇円をそのまま当てはめるのでは到底足りません。
実際の裁判例では、在宅介護開始から母が六七歳に達するまでの期間について近親者付添費と職業介護人費用を合わせて日額一万八〇〇〇円、その後平均余命までの期間について職業介護人二名体制で日額二万八〇〇〇円とし、総額一億四四五六万円余を認めた例があります。また、職業介護人による介護を前提に日額二万五〇〇〇円を認め、総額六二三五万円余とした例もあります。
在宅介護か施設介護かで大きく変わる
保険会社は、施設入所を前提とした低額の介護費を主張してくることが一般的です。これに対し、ご家族が在宅介護を希望される場合には、在宅介護の必要性と相当性を積極的に立証しなければなりません。
裁判例では、療護センターを数年後に退院せざるを得ない蓋然性が高いこと、その後の受入施設が容易に見つからないこと、ご家族が在宅介護を強く希望していることなどを認定して、在宅介護を前提とした将来介護費を認めたものがあります。受入施設の空き状況や待機期間に関する資料を集めておくことが有効です。
介護者の高齢化を織り込む
ご両親や配偶者が介護を担う場合、その方々もいずれ高齢になります。近親者による介護が可能なのは介護者が六七歳に達するまでと考え、それ以降は職業介護人による介護を前提として日額を引き上げる。この二段構えの主張が、実務上は定着しています。
介護者の年齢、健康状態、就労状況を明らかにし、いつまで近親者介護が可能なのかを具体的に示す必要があります。
平均余命までの期間で算定する
将来介護費の期間は、原則として症状固定時の平均余命までとされます。逸失利益の就労可能年数(原則六七歳まで)よりも長期になることが通常です。
なお、重度後遺障害の場合に余命が短縮されるかという点はしばしば争点になりますが、裁判例の多くは、特段の医学的根拠がない限り平均余命を前提としています。
定期金賠償という選択肢
将来介護費については、一時金ではなく定期金による賠償を求めることも可能です。最高裁令和二年七月九日判決は、逸失利益について定期金賠償を認めましたが、介護費についても同様に定期金方式が選択される例があります。
一時金は中間利息を控除されるため、長期にわたる介護費では減額幅が大きくなります。一方、定期金であれば中間利息控除を受けず、事情変更による増額請求の余地も残ります。どちらが有利かは事案ごとの検討が必要です。
症状固定までの損害も軽視できない
遷延性意識障害の事案では、症状固定までの入院期間が一年、二年に及ぶことがあります。入院雑費は赤い本の基準で一日一五〇〇円とされていますので、入院が七〇〇日に及べば入院雑費だけで一〇〇万円を超えます。
入院付添費は、医師の指示または受傷の程度・年齢等により必要が認められれば、職業付添人は実費全額、近親者付添人は一日につき六五〇〇円が目安です。通院付添費は一日につき三三〇〇円とされています。
入通院慰謝料についても、赤い本別表Ⅰを用いたうえで、生死が危ぶまれる状態が継続したこと、手術を繰り返したことなどを理由に増額が認められます。裁判例には、入院期間七〇五日に加え生死が危ぶまれる状態が継続したことを考慮して傷害慰謝料五〇〇万円を認めたものがあります。
逸失利益をめぐる論点

生活費控除は原則として行わない
死亡事案では生活費控除が行われますが、生存している遷延性意識障害の事案では、ご本人の生活費は現に支出されているため、原則として生活費控除は行いません。保険会社が生活費控除を主張してきた場合には、明確に反論すべきです。
就労前の若年者の場合
学生や未就労の若年者については、賃金センサスの全年齢平均賃金を基礎収入とし、一八歳(大学進学の蓋然性があれば二二歳)から六七歳までの期間について労働能力喪失率一〇〇パーセントで算定します。喪失期間が長いため、逸失利益は一億円近くに達することもあります。
ご家族が直面する現実的な問題

成年後見の申立てが必要になる
ご本人は意思表示ができませんので、示談や訴訟を行うためには成年後見人の選任が不可欠です。申立費用、鑑定費用のほか、将来にわたる後見人報酬についても損害として認められた裁判例があります。
後見開始には数か月を要しますので、早い段階で家庭裁判所への申立てを準備しておく必要があります。
治療費の打切りと療護センター
保険会社は、症状が固定したと判断すると治療費の支払いを打ち切ります。しかし遷延性意識障害の場合、その後も医療的ケアは生涯続きます。
独立行政法人自動車事故対策機構(NASVA)の療護センターは、遷延性意識障害の方を対象とした専門施設です。入院費の負担がなく、専門的なリハビリを受けられますが、定員が限られており待機期間が生じます。介護料の支給制度もありますので、早めに相談しておくとよいでしょう。
使える公的制度を整理する
身体障害者手帳の取得、重度心身障害者医療費助成、障害基礎年金・障害厚生年金、特別障害者手当など、利用できる制度は複数あります。介護保険は六五歳以上の方が対象で、四〇歳以上六五歳未満の方は加齢に起因する特定疾病による要介護状態に限られますので、交通事故による障害は原則として対象外です。六五歳未満の方は、障害者総合支援法に基づく重度訪問介護などの利用を検討することになります。
ただし、公的給付の中には賠償金から控除されるものもあります。何が損益相殺の対象になり、何がならないのかを整理したうえで請求を組み立てる必要があります。
過失相殺と素因減額への備え
賠償額が大きい事案ほど、過失割合一割の差が数百万円から一千万円の差になります。保険会社は、被害者側にも前方不注視があった、横断歩道以外を横断していたなどと主張してくることがあります。
刑事記録(実況見分調書、供述調書)の取り寄せ、ドライブレコーダー映像の保全、現場の再検証といった作業を早期に行い、過失割合についても譲らない姿勢が必要です。
また、既往の脳血管疾患や高齢であることを理由に素因減額を主張されることもあります。事故前の就労状況、生活状況、健康診断の結果などを示し、事故前は通常の社会生活を送っていたことを立証していきます。
人身傷害保険と自賠責の使い分け
ご自身やご家族が加入する任意保険に人身傷害保険が付いていれば、過失割合にかかわらず約款基準の保険金を先に受け取ることができます。治療費や当面の生活費を確保する手段として有効です。
ただし、人身傷害保険金を受け取ると、その範囲で保険会社が加害者への請求権を取得します(代位)。どの順序で請求するかによって最終的な手取り額が変わりますので、受領前に一度ご相談いただくことをお勧めします。
弁護士に依頼するメリット

介護実態を数字に翻訳できる
将来介護費の立証は、介護日誌、介護ソフトの記録、訪問看護記録、ケアプラン、介護サービスの見積書といった資料を積み上げ、「一日に何時間、どのようなケアが必要か」を金額に換算する作業です。この設計を誤ると、数千万円の差が生じます。
最大限の回収を設計できる
自賠責保険四〇〇〇万円に加え、任意保険、労災保険、人身傷害保険、搭乗者傷害保険、自身の生命保険、さらに加害者に資力があれば加害者本人への請求まで、回収先は複数あります。どの順番でどう請求するかによって、手取り額が変わります。
ご家族が介護に専念できる
介護をしながら、保険会社との交渉、後見の申立て、行政手続をすべて担うことは不可能です。弁護士が窓口となることで、ご家族は介護とご自身の生活を守ることに集中していただけます。
当事務所のサポート内容

①成年後見の申立てのご案内
ご本人のために正式に手続を進められるよう、成年後見の申立てからお手伝いします。申立費用や後見人報酬も損害として請求します。
②被害者請求による等級の確定
診療記録・画像・看護記録を取り付け、被害者請求により別表第一第一級一号の認定を確実なものとします。認定されれば四〇〇〇万円を先に受け取ることができます。
③将来介護費の立証
介護日誌の付け方からご説明し、訪問看護記録やケアプラン、介護用品の見積書を積み上げて、日額と期間の根拠を具体的に示します。家屋改造費や自動車改造費についても、複数社から見積りを取得して請求します。
④示談交渉と訴訟
交渉で折り合えない場合には訴訟を提起し、必要に応じて定期金賠償の可否も含めて主張を組み立てます。
おわりに

遷延性意識障害の事案は、賠償額が大きいぶん、保険会社も全面的に争ってきます。介護は施設で足りる、日額は八〇〇〇円で足りる、余命は短い——こうした主張に対し、実態に即した反証を一つずつ積み上げていかなければなりません。
そして、その反証の材料は、日々の介護の現場にあります。介護日誌をつけ、写真や動画を残し、医師やケアマネジャーの意見を書面化しておく。それが、数年後の交渉や訴訟で決定的な意味を持ちます。
ご家族だけで抱え込まず、早い段階でご相談ください。弁護士費用特約をご利用いただける場合はご自己負担なく、特約がない場合も原則として着手金無料で対応しております。
グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
交通事故
弁護士登録後、交通事故による後遺障害・慰謝料増額・保険会社との示談交渉など多数の事案を担当。不当要求防止責任者講習の講師として培った毅然とした交渉力を武器に、保険会社との粘り強い折衝を得意とする。交通事故問題について、テレビ朝日「グッド!モーニング」出演歴があり、また中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。








