紛争の内容
依頼者は、夜の帰り道、横断歩道をわたっておられました。歩行者にとって、横断歩道は最も守られているはずの場所です。ところが、そこへ一台の車が減速することなく進入し、依頼者の身体の左側に激しく衝突しました。依頼者はそのまま救急搬送され、平穏だった日常は、この一瞬で大きく変わってしまいました。

事故によって依頼者が負われた傷は、決して軽いものではありません。左手の親指の骨折をはじめ、目のまわりの骨(眼窩底)の骨折、鼻の骨折、歯の破損、顔や左膝の傷、外傷性の角膜炎など、全身の広い範囲に及びました。とりわけ、お顔に残った傷あとや親指の動かしづらさは、その後の生活に重くのしかかるものでした。

しかし、本件をさらに難しくしたのは、事故からおよそ一年が経ったころに現れた、思いがけない症状でした。依頼者は、てんかんの発作に見舞われるようになったのです。頭部の外傷を示す所見は、事故当初の検査では見当たりませんでした。それでも、もともとてんかんの持病があったわけではなく、経過などを踏まえれば、この発作は事故による症候性のもの、すなわち事故が原因で生じたと強く疑われるものでした。目に見える証拠が乏しいなかで、この因果関係をどう医学的に説明し、正当な補償につなげていくか。ここに、本件の大きな山場がありました。

交渉・調停・訴訟等の経過
当職がまず力を注いだのは、依頼者の後遺障害を正しく認定してもらうための土台づくりでした。てんかんと事故との結びつきは、書面を眺めているだけで自然に認められるものではありません。そこで当職は、依頼者と主治医の先生との間に立って医学的な橋渡しを行い、必要な医学的意見書を取得するなど、因果関係を裏づける材料を一つひとつ積み上げていきました。

本件は、事故当時に通勤の途中であったことから、労災保険が適用される事案でもありました。そのため手続きは一本道ではなく、労災の認定とその異議申立て、そして自賠責の認定とその異議申立てという、いくつもの経路を並行して進めていくことになりました。

その結果、判断は大きく分かれました。自賠責では14級という限定的な認定にとどまった一方、労災では、左手親指の機能障害と外傷性てんかんとを併せて評価し、より上位の併合8級が認定されたのです。同じ一つの身体に生じた後遺障害でありながら、制度が違えば結論も大きく異なる。この隔たりこそが、その後の交渉の焦点となりました。

当初、当職は交通事故紛争処理センターでの和解斡旋を試みようと考えました。ところがセンターからは、自賠責の判断を優先するとの見解が示されました。これでは、実態とかけ離れた14級を前提とした示談を受け入れざるを得なくなってしまいます。それは、依頼者が本当に負った不利益に見合うものではありません。当職は、斡旋の道は一旦断念し、訴訟の提起も視野に入れて準備を進める決断をしました。

そのうえで、資料をすべて当方で整えたうえで、改めて任意保険会社との交渉に臨みました。はじめ、保険会社は14級を前提とする回答しかしてきませんでした。しかし交渉を重ねるなかで、より責任ある立場の担当者へと窓口が変わり、その方との間で、本件の実情に即した踏み込んだ協議を進めることができました。粘り強いやり取りの末、保険会社は、上位の等級を前提とした賠償を認めるに至ったのです。

本事例の結末
最終的に、既払を含め4000万円という金額で合意し、示談が成立しました。

特筆すべきは、この合意が、まだ自賠責への異議申立てを行っている最中に、すなわち最終的な等級がどう転ぶか不透明な段階でまとまったという点です。通常であれば、保険会社は自賠責の結論が固まるまで低い等級での対応に固執してもおかしくありません。それにもかかわらず高い等級を前提とした賠償額が認められたのは、保険会社の側においても、これ以上の紛争化を避け、被害者の救済を図ろうという判断が働いた結果だと考えています。その際には自賠責の結果に関わらないことなども約束していただきました。

通常は訴訟で立証を求められるところ、弊所では、安易な妥協をせず、必要とあらば訴訟も辞さない姿勢で臨んできたことも、そうした判断を後押しした一因かもしれません。

依頼者にとって、長い手続きの末に早期の賠償が実現したことは、何よりの結果でした。

本事例に学ぶこと
交通事故の被害に遭われた方にとって、後遺障害の等級認定は、その後の補償を大きく左右する極めて重要な問題です。本件が教えてくれるのは、同じ後遺障害であっても、自賠責と労災とで判断が食い違うことが現実にあるということ、そして、目立った外傷所見がなくても、あとから現れた症状が事故と結びつくと医学的に示せる場合があるということです。ご自身の症状を「事故とは関係ないのだろう」と早々にあきらめてしまうことが、いかに惜しいことか、おわかりいただけるかと思います。

また、保険会社から示された等級や金額が、必ずしも被害の実態に見合っているとは限りません。提示された数字をそのまま受け入れるのではなく、その根拠を吟味し、時には訴訟も辞さない構えで交渉に臨むことで、結果が大きく変わることがあります。本件は、そうした姿勢が功を奏した一例といえるでしょう。もっとも、異議申立ての最中に上位等級を前提とした示談が実現したことは、決してどの事案でも当然に望めるものではなく、いくつもの条件が重なったレアケースであることも、あわせて申し添えておきます。

てんかんのように因果関係の立証が難しい後遺障害、労災と自賠責が交錯する複雑な手続き、そして保険会社との厳しい交渉。こうした局面では、医学と法律の双方に通じた専門家の関与が、結果を大きく左右します。交通事故の後遺障害や賠償について不安を抱えておられる方は、決してお一人で結論を出さず、どうか早い段階でグリーンリーフ法律事務所にご相談ください。私たちは、安易に妥協することなく、依頼者にとって最善の解決を追求してまいります。

弁護士 時田 剛志