
重い後遺障害が残ったとき、賠償額の中で最も大きな金額になるのが「後遺障害逸失利益」です。事故に遭わなければ将来得られたはずの収入のうち、後遺障害によって失われた分を補償するものです。
計算式そのものは単純です。基礎収入に労働能力喪失率を掛け、さらに労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数を掛ける。ただそれだけです。
ところが、この三つの要素のそれぞれが、保険会社との間で激しく争われます。基礎収入をいくらとみるか、喪失率を何パーセントとするか、喪失期間を何年とするか。ひとつの要素が変わるだけで、数百万円から数千万円の差が生じます。
本記事では、重傷を負われた方の逸失利益について、争点ごとの考え方を、埼玉県大宮の弁護士が解説します。
逸失利益の基本的な計算方法

計算式
後遺障害逸失利益は、次の式で計算します。
基礎収入 × 労働能力喪失率 × 労働能力喪失期間に対応するライプニッツ係数
たとえば、年収六〇〇万円、四〇歳、第七級(喪失率五六パーセント)の方であれば、六七歳までの二七年間に対応するライプニッツ係数(法定利率三パーセントで一八・三二七〇)を用いて、六〇〇万円 × 〇・五六 × 一八・三二七〇 = 約六一五七万円となります。
労働能力喪失率の目安
労働能力喪失率は、自賠責の等級ごとに定められています。第一級から第三級までが一〇〇パーセント、第四級九二パーセント、第五級七九パーセント、第六級六七パーセント、第七級五六パーセント、第八級四五パーセント、第九級三五パーセント、第一〇級二七パーセント、第一一級二〇パーセント、第一二級一四パーセント、第一三級九パーセント、第一四級五パーセントです。
これはあくまで目安であり、実際の裁判では、被害者の職業、年齢、後遺障害の内容、現実の減収の有無などを考慮して、この数値より高くも低くも認定されます。
中間利息控除とライプニッツ係数
将来にわたって少しずつ受け取るはずだった収入を、一時金としてまとめて先に受け取るため、その間の利息分を差し引きます。これが中間利息控除です。
令和二年四月一日以降に発生した事故については、法定利率は三パーセントです。それ以前の事故は五パーセントが適用されます。法定利率は三年ごとに見直されますが、事故時(正確には損害賠償請求権の発生時)の利率が適用されます。
基礎収入をめぐる争点

給与所得者
原則として事故前年の源泉徴収票の支給総額を基礎とします。若年労働者(おおむね三〇歳未満)については、将来の昇給を考慮して、賃金センサスの全年齢平均賃金を用いることが認められています。
事業所得者・会社役員
確定申告書の所得金額が基礎となりますが、申告額が実態より低い場合には、帳簿や通帳、取引先への聞き取りによって実収入を立証する余地があります。
会社役員の報酬には、労務の対価部分と利益配当部分が含まれます。逸失利益の対象となるのは労務対価部分だけですので、職務内容や勤務実態を具体的に示す必要があります。
家事従事者
専業主婦(主夫)の方も、賃金センサスの女性全年齢平均賃金を基礎収入として逸失利益を請求できます。兼業の方は、実収入と女性全年齢平均賃金のいずれか高い方を用います。
学生・若年者・幼児
就労前の方については、賃金センサスの全年齢平均賃金を基礎とし、一八歳(大学進学の蓋然性が認められる場合は二二歳)から六七歳までを喪失期間とします。
大学進学の蓋然性は、本人の学業成績、在籍校の進学率、家庭の経済状況などから判断されます。裁判例には、高校生について大学卒業者の平均賃金を用いたものが多数あります。
高齢者・年金受給者
就労していた高齢の方については、実収入または年齢別平均賃金を基礎とします。就労の蓋然性が問題になりますが、事故直前まで働いていた事実があれば認められやすくなります。
年金そのものについては、後遺障害の場合、年金の受給は続きますので逸失利益の対象にはなりません(死亡事案とは異なります)。
無職者・失業中の方
労働能力と労働意欲があり、就労の蓋然性が認められれば、賃金センサスを基礎とした逸失利益が認められます。求職活動の記録や内定の事実があれば有力な資料になります。
労働能力喪失率をめぐる争点

「減収がない」という主張への反論
保険会社が最も頻繁に用いるのが、「事故後も同じ会社で働き、収入は減っていないのだから逸失利益は発生していない」という主張です。
これに対しては、勤務先の配慮によって辛うじて就労できていること、本人が人並み以上の努力によって収入を維持していること、昇進・昇格の道が事実上断たれたこと、転職すれば同水準の収入を得られないこと、退職を余儀なくされる可能性があることなどを主張します。最高裁も、特段の事情があれば減収がなくとも逸失利益を認めうるとの判断を示しています。
職業上の支障による上積み
等級表の喪失率は一般的な目安にすぎません。身体を使う職業では、等級表の数値を超える喪失率が認められることがあります。
裁判例には、移動式クレーン運転士(男・症状固定時四一歳)の左ひじ関節の機能障害(第一二級六号)等について、事故時まで約一三年にわたり経験を積み技能を習得してきた運転士としての稼働に対する支障が大きく、長年にわたって特化してきた労働能力を大きく失わせるものとして、二〇パーセントの労働能力喪失率を認めたものがあります。
高次脳機能障害・脊髄損傷では一〇〇パーセントが基本
第一級から第三級までは、原則として労働能力喪失率一〇〇パーセントです。保険会社が「在宅でできる仕事がある」として減額を主張してきても、応じる必要はありません。
むしろ問題になるのは、第五級から第九級の高次脳機能障害です。見た目には就労可能に見えるため、喪失率が低く見積もられがちです。職場での具体的なミスの内容、配置転換の経緯、周囲の支援の程度を書面化して立証することが重要です。
併合等級と逸失利益
複数の後遺障害が残った場合、自賠責では併合によって等級が繰り上がります。もっとも、併合後の等級に対応する喪失率が、実際の労働能力の低下を正しく表しているとは限りません。
たとえば、外貌醜状と下肢の機能障害が併存して併合第一〇級となった場合、醜状については逸失利益が争われやすい一方、下肢の機能障害については明確に就労へ影響します。このような場合には、障害ごとに喪失の内容を分けて主張し、全体として併合等級に相応する喪失率が妥当であることを説明する必要があります。
また、時期によって喪失率を変える主張も可能です。裁判例には、症状固定から一定期間は高い喪失率、その後は低い喪失率とする、いわゆる段階的な認定をしたものが多数あります。
素因減額と逸失利益
既往症や身体的特徴を理由に、損害額の一部を減額すべきだという主張を素因減額といいます。最高裁は、疾患にあたらない身体的特徴は原則として減額の理由にならないとしています。
もっとも、脊柱管狭窄症や後縦靱帯骨化症といった既往がある場合には、一定割合の減額が認められることがあります。これに対しては、事故前はまったく症状がなく通常に就労していたこと、事故を契機として初めて症状が出現したことを、健康診断の結果や就労実績によって立証します。
労働能力喪失期間をめぐる争点

原則は六七歳まで
労働能力喪失期間は、症状固定時から原則として六七歳までとします。症状固定時に五四歳を超えている方については、六七歳までの年数と簡易生命表の平均余命の二分の一のいずれか長い方を用います。
期間制限の主張に注意
保険会社は、第一二級の神経症状について一〇年、第一四級について五年に喪失期間を制限すべきだと主張することがあります。むち打ち症の事案では実務上そうした扱いがされることもありますが、器質的損傷に基づく後遺障害については、期間を制限する理由はありません。
骨折後の変形や可動域制限、脊柱変形、高次脳機能障害などは、時間の経過によって改善するものではありませんので、六七歳までの全期間を主張すべきです。
定期金賠償という選択肢
最高裁令和二年七月九日判決は、後遺障害逸失利益について定期金による賠償を命じることができると判断しました。
定期金賠償は中間利息を控除されないため、若年者で喪失期間が長い事案では一時金より有利になることがあります。一方で、支払義務者の資力リスクを負うことにもなります。事案に応じた検討が必要です。
逸失利益以外の将来損害との関係
重度後遺障害の事案では、逸失利益のほかに将来介護費、将来治療費、装具の買替費用、家屋・自動車の改造費といった将来分の損害が発生します。
これらはいずれも中間利息控除の対象ですが、期間の取り方が異なります。逸失利益は原則として六七歳まで、将来介護費や将来治療費は平均余命までです。期間の異なる複数の将来損害を、それぞれ正しい係数で計算する必要があります。
また、家屋改造費や自動車改造費のように一時に支出するものは中間利息控除を行いませんが、耐用年数ごとの買替えを前提とする装具費用は、買替時期ごとに係数を乗じて算定します。計算方法を誤ると、数百万円の差が生じます。
休業損害から逸失利益への切替え
症状固定日を境に、それまでは休業損害、それ以降は逸失利益となります。したがって症状固定日をいつとするかは、休業損害と逸失利益の双方に影響します。
症状固定が早すぎると、その分休業損害の期間が短くなるだけでなく、リハビリ途上の状態で等級が判断されるため、認定される等級も低くなりがちです。反対に、症状固定を遅らせれば休業損害の期間は延びますが、保険会社は治療の必要性を争ってきます。
医学的にみて改善の見込みがなくなった時点が症状固定ですから、主治医の判断を踏まえつつ、リハビリの効果が頭打ちになったことを記録上明らかにしておくことが大切です。
労災保険を使った場合の調整
業務中または通勤途上の事故であれば、労災保険から障害補償給付(障害補償年金または障害補償一時金)を受けられます。
労災の障害補償給付は、逸失利益と同じ性質の損害を填補するものですので、損益相殺の対象となります。もっとも、障害特別支給金や障害特別年金といった特別支給金は、労働福祉事業として支給されるものであり、損益相殺の対象になりません。
そのため、労災を使うことで実質的な手取り額が増えます。第三者行為災害届の提出など手続が必要ですので、事故直後に会社と労働基準監督署に相談してください。
弁護士に依頼するメリット

三つの要素すべてで交渉できる
基礎収入、喪失率、喪失期間。保険会社はこの三つすべてについて低い数値を主張してきます。ひとつでも押し戻せれば、数百万円単位で結果が変わります。
就労実態を証拠にできる
業務日報、人事評価、配置転換の記録、上司や同僚の陳述書。現実の不利益を示す資料を集めて、喪失率の主張を裏づけます。
当事務所のサポート内容

①基礎収入の確定
源泉徴収票や確定申告書、賃金センサスを踏まえて基礎収入を確定します。申告額が実態より低い場合には、帳簿や通帳から実収入を立証する方法も検討します。
②職業上の支障の立証
業務日報、人事評価、配置転換の記録、上司や同僚の陳述書を集め、労働能力喪失率の上積みを基礎づけます。
③提示額との差の分析
保険会社の提示額との差がどこから生じているのかを、基礎収入・喪失率・喪失期間の項目ごとに分析し、交渉の方針をご説明します。
④示談交渉と訴訟
交渉で折り合えない場合には、訴訟を提起して裁判所の判断を求めます。
おわりに

逸失利益は、これから何十年も続く生活の原資です。それだけに、保険会社は最も強く争ってきます。「減収がないから」「その年齢なら働かないから」「一〇年で足りる」——いずれも、反論の余地がある主張です。
示談書に署名をしてしまえば、後から追加請求をすることは原則としてできません。提示書面を受け取ったら、署名の前に一度ご相談ください。
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グリーンリーフ法律事務所は、設立以来35年の実績があり、18名の弁護士が所属する、埼玉県ではトップクラスの法律事務所です。
また、各分野について専門チームを設けており、専門チームの弁護士は、各担当分野について知識・経験とも豊富で、大きな強みを持っています。まずは、一度お気軽にご相談ください。
この記事を書いた弁護士:弁護士 遠藤吏恭
交通事故
弁護士登録後、交通事故による後遺障害・慰謝料増額・保険会社との示談交渉など多数の事案を担当。不当要求防止責任者講習の講師として培った毅然とした交渉力を武器に、保険会社との粘り強い折衝を得意とする。交通事故問題について、テレビ朝日「グッド!モーニング」出演歴があり、また中央大学法科大学院・埼玉工業大学講師も務める。








